いつかは晴れる IT業界に勤める営業マンのうつ体験記 2010年06月 いつかは晴れる IT業界に勤める営業マンのうつ体験記
うつ病から復職した自分の経験を生かし同じ病気で悩む人の力になりたいと思い、ブログを書くことにしました。
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いつかは晴れる IT業界に勤める営業マンのうつ体験記
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プロフィール

中田健

Author:中田健
                       現在50才でIT系企業の営業と販売促進を担当しています。41才の時にうつ病になり、入院もしましたが約2年間休職した後に無事復職、現在に至ります。
 本々は営業マンで20年順調に過ごしていましたが、職場が変わったり部下が増えたりとストレスの多い環境だったと思います。
 今はすっかり良くなったのでうつ病を早く治す考え方などをブログで伝えています。

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2010.06.30 Wed
絶対復職できないというウソ
うつ病を経験してわかることのひとつに、絶対に復職できないと思い込む気持ちがあります。

前回の復職直後の記事に対するコメントでもそうした悩みを記されているものがありました。

私も休職時にはそう思っていました。

それも120%そう思っていました。

うつ病の人は理屈っぽい人が多いと言います。

私も理屈っぽいので論理的に考えて復職できないと思っていました。

なぜならば、

1.誰とも話ができないほど上司、部下との関係を最悪にしていた。

2.仕事面で失敗を重ね、社内ばかりか客先の信頼を失った。

3.すべての物事が悪い方向に転がる。

4.気力、体力、睡眠力、食欲などすべての能力を失っていた。

5.何をするのも遅く、正確性を欠くなど能力の欠片もない。

特に1.はひどく、休職してからもひと時も頭から離れることは無く、常に後悔を繰り返し

酷いときには夕陽に頭を下げて部下に謝っていました。

入院前後は4.が酷く、睡眠不足から手の震え、光や臭いに過敏になり電気を消すことも

付けることも気を使い、窓を締め切り、誰かに見張られている妄想に襲われました。

退院後もモニター画面が見られない症状に襲われました。

IT企業の社員がモニター画面が見られないで復職できると思いますか?

それでも生きている理由は家族に迷惑を掛けられないからだけです。

とうとう結婚したこと、父親になったことさえ後悔する始末でした。

その後もモニター恐怖症から脱出した後でもテレビで他社に取られてしまったお客様の

会社のCMが流れるだけでテレビを消すこともありました。

当時は復職どころか、警備の仕事だろうが道路工事の案内だろうが(職業差別ではなく

職種の大きな変化です)何もできないと思いました。

今思えば、仕事で苦しい時に無理をしないで早めに脱出すればこんなことにはならなかった

と思います。

しかし、8年前に戻っても今の記憶を無くしてしまえば同じ過ちを犯したでしょう。

俺の人生はもうだめだ。

復職も社会復帰もできない。

いつもそう思っていました。

スピードの出た大型車の多い通りを見ると飛び込んだら終れるのかな、もし生き残ったら

また家族に迷惑かけるななどといつも考えていました。

そんな中である日思ったのは将来を考えると救いが無いが明日くらいは家族仲良く生活して

行ける。

そうだ、半年後はわからないが今日と明日は幸せは保証されているんだ。

明日のことだけ考えよう。

明日だけは家族と笑えるような家庭を心がけよう。

明日になったら、翌日のことだけ考えよう。

半年後に幸せな運命が待っているのか不幸せな結末(例えば退職)が待っているのか

わからないがそれまでは家族への恩返しのつもりで元気に振舞おう。

そう考えるようになってから大分楽になりました。

今日と明日だけ幸せを心がけましょう。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

いつものことですが、できればこのブログをたくさんのひとに読んでもらいたいのです。

その中から、少しのひとで構わないので共感して欲しいです。

そして本当に良いと思ったら下のうつ病ボタンを押してくださいね。

また、なにか、聞いてみたいテーマありましたらコメントでリクエストしてください。

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復職    Comment(20)   TrackBack(0)   Top↑

2010.06.27 Sun
復職直後の気持ち
先日、リクエストのありました復職直後、どのように感じたかについて書かせていただきます。

私は約2年間の休職を経て2004年3月に復職しました。

私の勤める会社は数社が合併した会社で、その混乱の最中、うつを発症しました。

そのため、社内の仕組みと人を殆ど理解することなく休職してしまいました。

また、私自身復職したとは言え、元の営業の仕事ができる自信もなく、復職後のビジョンは

何もありませんでした。

その中で、最も不安に感じていたのは元の職場に戻り、自分の行動から最悪になった

人間関係に直面しなければいけないことでした。

復職前の面談で新しい上司にその気持ちを伝え、本当に私が元の職場に復帰して良いものか、

みなさんに受け入れてもらえるものか不安で堪らないということを告白しました。

上司は意味がわかったのかどうか、「そこまで心配するほどの状況ではないだろう」と

言ってくれました。

そしてその数日後、主治医の診断書を持って上司と産業医を訪ね出社許可をもらいました。

本当にもう復職していいのかと自分に問いかけながら進みました。

いよいよ職場に入ると部屋の立体感がうまく捉えられないし、足元がふらつくような感じが

しました。

やっとのことで自分の席に着きましたが、周りの反応は可もなく不可もなくという状況で

受け入れてくれているのかわかりません。

復職した職場は営業部門であり、私の仕事は営業サポートスタッフというもので主には事務的な

面で営業活動を支援するものでした。

とにかく、右も左もわかりませんから状況を見るところから始めようとパソコンのスイッチを

入れて社内の情報を見ようと思いました。

上司や周りの人間は、ゆっくり慣れて行けば良いと言ってくれましたのでそのようにして

いました。

周りの人間の仕事ぶりを見たり、話をしている状況を見るととても有能に見えて、それが見えず

無能な人間が多いと思っていた過去の自分が間抜けに思えました。

皆、自信に満ちていて元の部下たちの自分への対応は冷静で冷たい、そして私を見下している

ように見えました。

会議に参加しても皆の発言は前向きで知識に満ちており、自分の無能さを明確に感じていました。

また、良かった点は休職中も心配してくれた同期と話をしたり、昔の世話になった上司と

話したりすることで、就業中でも他部門へ行っても不自然なイメージにない社風には助け

られました。

薬の副作用で眠くなることも多かったので、社内を散策して知り合いを見つけては復帰の

挨拶をしてまわりました。

自分が考えていた対応と比べると調子が良い時期に仕事をいっしょにしたひとの対応は良く、

気持ちが休まる思いでした。

しばらくは仕事らしい仕事はせずに、面倒を見てくれている後輩から仕事をもらい、静かに

過ごす毎日でした。

当時は馴らし出社の制度はなくフルタイムの勤務になりました。

勤務時間が終わると急いで家に帰って家族と過ごす時間でなんとかバランスを取っていました。

私はそのころも一番悪かったときのことを考えれば仕事に復帰できただけでも幸せだと

自分に言い聞かせ、実際にそう思うことが出来ました。

私は本当に精神だけでなく肉体も破壊されていたので、今までの遅れや会社に掛けた迷惑を

返していこうなどという気力はありませんでした。

徹底的に完膚無きまでに痛めつけられたことが、ある意味では再発しなかった要因かも

知れません。

とにかく、完治してから復帰などあり得ないのでどうしても惨めな状況に追い込まれることを

受け入れ、それでも復帰できないよりは幸せであると思うことです。

復職はゴールではありません。

本当の意味で再スタートです。

そして、そのレースは短距離ではなく長距離です。

今の順位を気にして嘆いたり、無理をしたりせず、レースに参加できたことに感謝して

ゆっくりと走ることです。

そうすれば傷は癒え、知らないうちにスピードは戻り本来の自分を取り戻すことでしょう。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

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その中から、少しのひとで構わないので共感して欲しいです。

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2010.06.24 Thu
良くなっても会社に行けない
今日、次のようなコメントをいただきました。

>双極性障害には認知行動療法は通用しないので、やはり病院を転院すべきでしょうか。

>一応今の病院に転院してから、一気に病状はよくなり、日常生活には何の支障もありません。

>睡眠薬を飲んでもなかなか入眠出来ず、中途覚醒もします。

私なりの回答を考えましたので記事にさせていただきます。

私も双極性の傾向があります。だからと言って心配することはありません。

コメントを見ていて思うのは焦りが強く気持ちが休まっていないことです。

今の生活の中で楽しむことが一番の薬だと理解することです。

うつ病は脳がストレスで疲れてしまう病気です。

休まないと脳は宿主に更に試練を与えて無理やり休ませようとします。

ですから脳を休ませるにはどうしたら良いか。

例え、マンガでもゴルフでもリラックスして脳が休められればそれは治療になります。

心も体も休むことがこの病気の治療なのです。

働くことが本来の役目でも今は休むことが最大の役目なのです。

奥さんとも良く話されてのんびり過ごすことへの罪悪感を無くすことです。

会社に行けない罪悪感、自己嫌悪、家族への思いが治療を妨げているのです。

私も休職して、入院して、家族と離れて暮らして、何の楽しみも希望もありませんでした。

そんな時、何気なく見ていた映画が私の気持ちを大きく動かしました。

アーノルド・シュワルツェネッガーの「ターミネーター2」でした。

何年かぶりで心が躍り、全てを忘れました。

その瞬間は全ての悩みを忘れていたと実感しています。

それからはDVDを沢山借りてきて見まくりました。

面白い映画に当たるとその間は幸せでした。

終ってしばらくすると会社も行かないで映画を見ている自分に呆れましたが

やめる気にはなりませんでした。

それから色々なことにチャレンジしていくことで次第に良くなっていきました。

今、考えてみると楽しいと思える時間、脳は休息を取っていたのです。

うつ病は働きすぎのひとに休むように、楽しむように勧めているのです。

そうすることが治療になると私は思います。

病院については薬が合わなければ転院も視野に入れたほうが良いかもしれません。

また探すのが辛ければ睡眠はしっかり取れるようにする薬だけはもらってください。

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2010.06.22 Tue
自分に言い聞かせる
最近、1年以上休職していた同僚Aさんが戻ってきました。

一緒に仕事をしたことがありましたし私と同じ病気なので気になります。

エレベータの前で自分はほぼ2年間休職したことを告げると「そうかぁ」と言って

慣らし出社だったらしく、そのまま帰宅しました。

数日後、顔を合わせるとAさんは「出社してすぐに仕事した?」と聞いてきました。

私「そうだな。出社してしばらくはポータル(社内の通知などもろもろの情報)を

見ているだけだったな」

Aさん「会社に来るのが辛いんだけれど。そんなことない?」

私「病気だから辛いのが普通じゃない? 調子が良くなってくると仕事ができない

自分が嫌になるでしょう?」

Aさん「そうそう、落ち込む毎日だよ」

私「会社に来れなかった時より、ずっと良くなってるんだから良しとしないと。

自分でハードルを上げるのがうつ病になるひとの特徴だから、過去の悪かった時と

比べて今は良くなったと思うことだよ。」

今日、Aさんと廊下ですれ違うと「今日から正式復帰したよ」

私「良かったじゃない。」

Aさん「薬はまだ飲んでるの?」

私「飲んでるよ。予防だと思っているし、ゆっくり減らしてる。」

Aさん「どのくらいで元に戻るのかな?」

私「それは個人差があるし、怪我のように全治何ヶ月なんて言えないよ。

無理しないでいればきっと治るよ。両足を骨折したと考えてよ。

治したいからといってジョギングしたら治るのが遅くなるでしょ。

治らないうちは走っちゃいけないんだよ。無理に仕事をすると治るのが

遅くなるんだから絶対無理しないことが大事だと思うよ」

Aさん「うーん。そうだよね。治らないうちに薬止めたり無理しちゃいけないんだよね。」

こんな会話をしていますが自分も最近まで後遺症みたいな感じがありました。

アドバイスをしているんですが初心忘れべからず、自分に言い聞かせている感がありました。

上ばっかり見ない、無理をしない、まったくです。

自分にも当てはまります。

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2010.06.19 Sat
家族の対応はどうすべきか
うつ病のだんなさんに家族はどう対応すれば良いのか。

そんな質問をもらいましたので記事にしたいと思います。

一般的に考えると難しいので自分だったらということで書かせてもらいます。

最初はうつ病かなと思ったら家族には言わないでしょうね。

うつ病ということは家族にも恥ずかしくて話したくない話題です。

精神病とも言える病気に対して隠したいという気持ちも強いです。

打ち明けてもらうためには家族もうつ病に対する特別視はしないという理解が

必要です。

最初は家族もその事実を認めようとしないでしょう。

でも一番辛いのは本人なのでわかってあげることが最も大事です。

うつ病だと考えずに脳の腫瘍のように考えたほうが理解しやすいかもしれません。

あとは病気の症状の理解です。

本人は仕事ができないと思い込んだり、他人から嫌われていると思い込んだり、

臆病で、疑り深く、なにか悪いことはすべて自分にあると思い込んでしまいます。

これは病気がそう思わせているだけで本当ではありません。

話を充分聞いてあげてから、「そんなことないよ。だって今まで色々やってきたじゃない」

などとフォローしてあげてください。

とにかく本人の人格を認めてあげて、その上で普通と変わらない扱いをしてください。

また、近所に対してみっともないと感じて外出しなくなることはあまり良いことでは

ありません。

できる限り他人に対しても状況をオープンにして行動を制限しないようにしてください。

私はしたの子供(当時1歳)を保育園に連れて行ったり、上の子供の行事に参加したり

と自宅近くでは普段と変わらない生活をしていました。

また、主夫として掃除、洗濯、食事とこなしていました。

家庭の中ででも存在価値があることで救われました。

とにかく、家庭の中ででもなにか仕事があるほうが安心できます。

うつ病も癌も、糖尿病も、骨折も同じだと考えてください。

ただ、その怪我が見えないこと、いつ治るかわからないことだけが特別なのです。

他にも色々な症状が出ますが、治ればもとに戻るので心配しないことです。

私の場合、車の運転ができない、記憶力が弱くなる、手が震える、お酒が飲めなくなる

などの症状もありました。

病院に行くときもうつ病への理解を深めるため、発病した理由を知るために付き添う

ことが望ましいと思います。

本人は本当にたいしたことがなくとも落ち込んでしまいます。

家族も本人に引っ張られて同じような気持ちにならないことが大事です。

家族が普通にしてくれることが安心感につながります。

今まで仕事一筋だっただんなさんが家族サービスしてくれるチャンスだと考えて

もらえると助かります。

とにかく、本人が取り乱していますので家族が楽観的に振舞うことが大事です。

一緒に悲観しても良いことは何もありませんから。

少しでも参考になれば幸いです。

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2010.06.17 Thu
眠れない日々
睡眠障害はありませんでしたか?

そんなご質問をいただきましたので記事を書いてみました。

睡眠障害はもちろんありました。

ただ、休職がながかったので復帰してからはほとんどなかったと思います。

休職前が一番ひどく、本当にピカチュウを見て気絶しそうになりました。

手の震えもひどく、眠れないのを紛わせるためにポケットラジオをいつも手にしていました。

いつも起きているのか寝ているのか、薬を飲んだか飲んでいないのかわかりませんでした。

散歩に出ることも子供を風呂に入れることも自分で頭を洗うことも湯船に入ることも

最後にはできなくなりました。

奥さんが買ってくれた小田和正の「そうかな」というCDを聞くと本当に下手なバイオリンの

ようにギコギコとしか聞こえませんでした。

テレビを見ても自分が担当していたお客様のCMが流れると最悪な気持ちでした。

入院してからはだいぶ良くなりましたが退院してからも眠れないし、起きられませんでした。

朝起きても布団からでる元気がなく、起きる元気もなく、夕方まで眠ることもなく、

布団に包まっていました。

夕方やっと起きると300m程度の散歩を義務として実行しました。

どこまでもどこまでも同じか更に悪い状況になるしかないのです。

来る日も来る日も後悔の日々を過ごす。

過去は決して変えられないのに。

そんな時間が過ぎて1年半以上経過してから突然、明るい気持ちが浮かび上がってくるのです。

なんで明るい気持ちになったのかわかりませんが本当に前向きな気持ちが突然湧くのです。

なぜなのか、わかりませんでした。

その気持ちが3日続くと3日消えるのです。

消えたときの気持ちは、前向きな気持ちがあったことが信じられなくなります。

そして前向きな気持ちが浮かび、今度は5日間平気でした。

そしてまた、悪夢の5日間が過ぎると7日間は平気でいた。

最終的には10日間平気で5日間だめなのです。

そしてとうとう悪いときがなくなるのです。

そして私は思い切って会社へ行ってみました。

行くことに問題はありませんでしたがそれだけです。

それだけですが、家族を守れるかもしれないと思うと幸せでした。

それから徐々に欲が出てきて、その欲との戦いです。

以前はもっと仕事ができた。

そんなことを考えれば考えるほど不幸になるのです。

やっぱり諦めることが大事だと思います。

私は復職当初は復職できたのが不思議なくらいでした。

出世を諦め、尊敬されることを諦め、結果を出すことを諦めていました。

会社に行けることは奇跡でした。誰からも期待されないことは惨めでもありました。

会社にいることは人生の目的の下位にしないと生きていけませんでした。

読書に、映画に、音楽に、漫画喫茶に、ブログに、卓球に、ボウリングになんとか熱中

しないと生きていけません。

カラオケに、mixiに、酒に、その他の誘惑に溺れました。

そしてすべてをさっぱり忘れて家に帰ります。

難しいけれど仕事に執着しないこと。

それさえできれば私の場合は結構幸せです。

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2010.06.14 Mon
休む勇気
難しいことですがうつ病の治療には休む勇気が必要です。

私も精神の変調をきたしてから約1年間会社に行き続けました。

少なくとも休む半年前にはこのままでは事態は良くならないという予感はありました。

当時、満42歳厄年、後20年間走り続けなければいけないと考え、絶対無理だけれど

走れるところまで走るしか道はないと思い走りました。

結果、2年近くの休職となり、自分の中ではまさしく会社人生を終わらせました。

それどころか廃人同様で社会人人生さえも終わらせてしまったという自覚がありました。

人生はマラソンのようなものですが少し違うのは休むとその分距離も短くなるのです。

サラリーマン人生残り20年、マラソンで言うと20,000kmくらいかなと思います。

2年休むと18,000kmくらいになります。

時速10kmで走っても20年、1kmで走っても20年、定年を迎えたら自動的に

ゴールです。

走り続けなくても定年を迎えれば完走です。

うつ病という怪我をおして走り続ければ完走どころか途中棄権退場が待っています。

走り続ける記録は大事ですが、休んでから走り続けるということも素晴らしいことです。

早く走ることだけがマラソンだと思っていましたが人と話しながら走ったり、

景色を見ながら走ったり、休憩しながら自分のペースで走ることも大事です。

また、みなさんのコメントを見ていて思うのは走ってさえいれば病気ではないという

無理のある証明です。

病気ではないから走れるが正しいことです。

無理は傷を深くするだけで良くなることはないのです。

勇気を持って休み、不死鳥のように甦る。

それが無理ならばアホウドリのように周りに安心感を与える。

あなた自身を、説得できれば気楽な人生を送ることができるでしょう。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

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2010.06.12 Sat
再発しないコツその2
前回の再発しないコツを読んだ方の中には私のことをうらやましく思う方もいるでしょう。

なぜならば、自分の問題で自分の範囲で解決できるからです。

パワハラでいじめられてうつ病になったひとは自分ではどうにもできないと思うからです。

今はそう言う意見を聞いてもそんなものかと思いましたが、違うことを思い出しました。

極端に言えば私は自分で仕事ができると思い込み、他人を足蹴にしながら生きてきました。

それが自分の行いの悪さから周りとの関係を悪くしてうつ病になったわけです。

誰を責めることもできず、2年以上自分の考えや行動を悔いてきました。

そして職場の皆に何度も何度も心の中で謝りました。

夕陽に向かって何度も何度も謝りました。

動悸が治まらず、眠ることもできず、きっと人を殺めてもこんなに後悔はしないかもしれない。

そんなふうに思い続けました。

まして、そんな皆がいる職場に戻ることなど100回考えても無理でした。

眼は落ち込み、髪の毛は抜け落ち、鏡の前で見る自分は別人でした。

いっそ結婚などしなければ、子供などいなければと後悔しました。

もし自分が死んでしまったら、会社の人は口々に私の悪口を家族に言うだろう。

死ぬことも生きることもできない生活が延々と続くのです。

そして入院。

気がつくとテレビも見られない、音楽を聴いても雑音にしか聞こえない、

ディスプレイにさえ拒否反応を持つようになった。

ディスプレイを見ると中心を渦が巻いていてまともに見られない。

多少改善した後でも以前担当していてリプレイスされたお客様のCMを見ると

気分が落ち込んでしまう。

こんな人間がIT会社に復帰できるわけがありません。

想像の世界では工事現場の道案内をしたり、雨の中でディスカウントストアの駐車場

の案内係りをしたりしました。

それさえもできない自分を想像して生きる気力をなくしました。

前置きが長くなりましたが、原因が自分にあろうが他人にあろうが関係ないのです。

今までと同じ考えをしていれば必ず不幸になるのです。

それがわかっても行き先を変えられないのがうつ病とも言えます。

でも、どこかでおかしいと気づき、考え、引き返さなければいけないのです。

前述のように不幸だった私でも今は病気になる前よりも幸せです。

考え方を変えられたからこそ幸せに感じているだけで、以前の考え方では同じように

不幸だったかもしれません。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

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2010.06.09 Wed
再発しないコツ
うつ病は高い再発率を持つ病気というのは皆さんもご存知かと思います。

そこで今回は再発しないコツについて書いてみました。

そもそもうつ病が発症した原因を特定することが重要になります。

私の場合で言うと以下の原因があると考えています。

1.仕事人間であったこと

2.他人にも自分にも妥協を許さないこと

3.他人に任せられないこと

4.責任感が強いこと

5.自分の能力を過信していたこと

付帯理由としては

1.会社が合併して社内的な混乱が大きかったこと

2.新しい部下や上司の下、人間関係に支障をきたしたこと

3.営業成績が上がらなかったこと

これらにより、仕事がうまくいかない、自分と部下を叱咤激励する、人間関係を壊す、

組織の変更によりストレスがかさむ、それをカバーするためにがんばる、

自分の限界を超える、孤立する、その状況を放置する、能力が低下し、失敗を重ねる、

会社に居場所がなくなる、休職する、という運命を辿ったわけです。

ですから私の場合、これらのことをやらなければ再発しないわけです。

1.仕事人間を止める

2.他人にも自分にも妥協する

3.他人に任せられるものは任せる

4.責任感をそこそこにする

5.自分の能力を過信しない

単純過ぎるとお思いでしょうが、以前と同じストレスの中に自分を置くと再発します。

うつ病はストレスアレルギーと考えると考えます。

例えば、花粉アレルギーのひとは一度花粉症になるとスギ花粉に必ず反応します。

うつ病も同じだと思います。

「うつ病が治ること」=「前の状況で仕事ができること」と考えていませんか?

そう考えているひとはかなりの確立で再発するでしょう。

同じ仕事であっても考え方や行動を変えることでストレスを少なくすることができます。

趣味を持つ、ボランティアをする、家族との時間を大事にするなど仕事以外のことを

考える時間を多くすることです。

難しいことですが、以前よりも人間らしい人生を得られることだと思いませんか。

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2010.06.05 Sat
ドラマ「mother」はお勧めです
日テレのドラマ「mother」はお勧めです

あらすじは

鈴原奈緒(松雪泰子)は、30歳半ばに至るまで恋人も作らず結婚もせず、
室蘭の大学でひたすら渡り鳥の研究に励んでいた。
そんな中、突然大学の研究室が閉鎖され、奈緒は仕方なく近隣の小学校で理科の教師となった。

ある日、産休の教師の代わりに一年生の担任を任された奈緒は、
クラスの中で浮いた存在の道木怜南(芦田愛菜)と出会う。
幼いくせに、どこか自分を見透かしているような怜南が苦手だったが、
怜南は無愛想な奈緒のことを慕ってきた。

風変わりな怜南と接しているうちに、奈緒は気づく。
彼女の身体にいくつか痣があることを。
それが何を意味するのか、奈緒は直感でわかった。周囲の大人たちは見て見ぬフリをしていた。
始めは奈緒も傍観する大人の一人だった。
だが、そんな奈緒がある事件をきっかけに、重大な決意をする。
怜南を誘拐し彼女の母親になることを…。

この無茶苦茶な設定のドラマでストーリーが成り立つか心配になるくらいでしたが、

とにかく、かわいそうで泣きっぱなしです。

こんなかわいそうで絶対絶命の状態なのに・・・必死に生きようとするんです。

私はうつ病がひどかったとき、泣けるドラマを見ると思いっきり泣きました。

泣くとなぜかスッキリするんです。

そしてつまらないことで落ち込んでいる自分が恥ずかしくなって前向きに生きなければ、

そう思うのです。

単純です。

うつになると感情の起伏がなくなります。

喜ぶことも、怒ることも、楽しむこともできません。

でも、唯一哀しむことはできます。

人間らしい感情を持つことはとても治療に良いこと思います。

泣くと少し前向きになります。

自分で自分を苦しめることからは暫し開放されます。

そして少し良くなります。

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2010.06.02 Wed
復職と復活のコツ
気になるコメントがありました。

「未だに投薬治療が続いている自分としては、いつも「再発」が心配です。けんさんは、何がきっかけで、「仕事への熱い思い」が甦ったのですか?
私は、今は目の前にある事をこなすだけで、楽しさも「感覚が鋭くなる」こともありません。ただ会社で定められた休職期間が満了になったので、復職しただけです。つまり収入の道を閉ざさない為、そうするしかなかったのです。
というよりも、発症前の「会社=自分」という思考には、二度とならないと思います。
ちなみに、「減薬」のタイミングは、どのようになれば、分かるのでしょうか?」

私もまだ再発は心配です。

心配で良いのです。それが当たり前であり、忘れてはいけないことなのです。

仕事への熱い思いが蘇ったきっかけは、うつ病が治るまで我慢したからです。

絶対に無理をしないで我慢していたら次第にできる仕事の範囲が広くなって気がついたら

自然と熱くならざるを得なくなっていました。

両足を骨折した場合、ジョギングをしても良くならないのです。

良くなったらジョギングできるのです。

色々なコメントをいただく場合、順番が逆な方がよくいらっしゃいます。

薬をやめたらうつ病が良くなると思っていますが、良くなったら薬をやめるのが

正しいのです。

私は今でも抗うつ薬を飲んでいます。

治っていると思いますが、医師からは時間を掛けて止めることを指導されており

予防のつもりで飲んでいます。

復職してから常に良くなったと思ってきましたが、7年経って本当に良くなったと

思います。

これも個人差があります。

1年でもとに戻ることもあれば、10年掛かる人もいます。

コツははっきりしませんが、治るまで焦らないでじっくり待つことが間違いなく

重要なことです。

待っている間、私は本当に遊んでいました。

やけになっていたのかもしれません。

でも無駄な時間を過ごすことも人生では重要です。

また、仕事をどんなにうまくやっていてもそれが人生の成功ではありません。

仕事に生きることも、だらだらと過ごすことも人生において本当は差がないのです。

しいて言えば、家族や他人に対してどれだけ良いことをするかが人生の価値かも

しれません。

自らの命を落とさないことも家族を大事にすることですし、腐って家庭内の空気を

暗くしないのも良いことだと思います。

前向きにいきる。

それだけです。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

いつものことですが、できればこのブログをたくさんのひとに読んでもらいたいのです。

その中から、少しのひとで構わないので共感して欲しいです。

そして本当に良いと思ったら下のうつ病ボタンを押してくださいね。

また、なにか、聞いてみたいテーマありましたらコメントでリクエストしてください。

テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体
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