いつかは晴れる IT業界に勤める営業マンのうつ体験記 2008年06月 いつかは晴れる IT業界に勤める営業マンのうつ体験記
うつ病から復職した自分の経験を生かし同じ病気で悩む人の力になりたいと思い、ブログを書くことにしました。
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いつかは晴れる IT業界に勤める営業マンのうつ体験記
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プロフィール

中田健

Author:中田健
                       現在50才でIT系企業の営業と販売促進を担当しています。41才の時にうつ病になり、入院もしましたが約2年間休職した後に無事復職、現在に至ります。
 本々は営業マンで20年順調に過ごしていましたが、職場が変わったり部下が増えたりとストレスの多い環境だったと思います。
 今はすっかり良くなったのでうつ病を早く治す考え方などをブログで伝えています。

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2008.06.30 Mon
無駄な時間を過ごすその2
昨日も言いましたが無駄な時間を過ごす。うつのひとにとってはとても難しいことではないでしょうか。

少しことば足らずだったかもしれません。結果的には無駄と思える時間(働かない、自己投資しない)を過ごしてしまうんですがそれに耐えられないという意味です。

音楽を聴いたり、ビデオを見たり健康で働いていてたまの休みにするならば楽しめることであっても働いていない状態では結構苦痛に思うことだと思います。自分とときもビデオ、音楽三昧でしたがある時、はっと現実に戻るときがあります。「こんなことをしている場合ではないのではないだろうか」。

するととたんに落ち込み始めたりします。ふとんに入って夜中までまんじりともせずに起きているのです。母がトイレに行く音がやけにはっきりと聞こえたりします。するといい年して母親に心配かけるおれってなんて親不孝なんだろう。こうした連想をしてまで自分を責めるんです。

2,3日すると少し立ち直ってまたビデオと音楽の生活に戻ります。この時期夏休みに入ったこともあり、姪姉妹(高校生と中学生)が実家に来てくれていたので一緒にビデオを見てくれたり、トランプやオセロなど色々と付き合ってくれました。今思えばこれもとっても癒されましたね。楽しかったし、子供たちは明るいし、たまに娘も遊びに来てくれてとても良かったですね。

その後、姪たちも帰ってしまいひとりでビデオを見るようになるとまた淋しい気持ちになりましたがいつまでも一緒にいるわけにはいきませんからね。

そう言えば、このころからやっとパソコンを触ることができるようになりました。仕事に関わるすべてが嫌いで神経科に入院したときはパソコンの画面を見ると気持ちが悪くなる状態でした。

パソコンの画面を見ると気持ちが悪くなるIT営業なんてありえませんでしたからね。というか体も衰弱しきっていて力仕事もできないだろうし、経験のあるコンピュータ関係の仕事ににたずさわることもできない。一体全体どうやって生きていくのだろうと思っていました。

それがCDのダビングとはいえ、コンピュータに触れるようになったのは大きな進歩でした。



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2008.06.29 Sun
無駄な時間を過ごす
[無駄] ブログ村キーワード=必要ないと思われがちだが実はこころの余裕を生む大切なもの。


無駄に時間を過ごす。うつのひとにとってはとても難しいことではないでしょうか。

わたしは休職当初は後悔の念に駆られ、そしてなにもするどころか起きていても奥さんの話しさえ耳に入らない状況でした。そして体力が衰えて幻聴や幻覚がでるまでになり入院。退院してもふとんに入ったまま、寝るでもなく起きるでもなく過ごしていました。

お互いに疲れるだろうと言うことで自分の実家に身を寄せていました。することといったら体調が多少いい時に実家の隣にある公園の周り、200~300mを1週回って帰って来ることだけでした。

本当に何もすることが無い、何もする気がしない、本当に砂を噛むような過ごし方でした。たまにテレビを見ても倒産だとか自殺だとかリストラだとか言う記事にびくびくしながら過ごしていました。

お笑い番組も嫌いでした。みんなが笑うところでとっても変ですが取り残されたような気がしてしまうのです。みんなが笑っても笑えないんです。これはつらかったですね。

そのうちにテレビでやっている映画を見るようになりました。映画なんてもう10年くらい見ていないんですね。なんか映画見ているときだけは自分がうつだということを考えずに集中できることに気が付きました。

すると映画が待ち遠しくてしょうがなくなりました。まったく稼ぎが無いんで迷ったんですがレンタルビデオショップに行って毎日2本くらい見るようになりましたね。とにかく、見終わると現実に引き戻されるような感じだったので一生懸命見ました。

ターミネーターとかマトリックスとが近未来的なものインディージョーンズなどの冒険的なものなどどんどんのめりこんで行きました。

そんな映画なんか見ている場合か?生きるか死ぬかの一大事にそんなことしていて良いのか?仕事はどうするんだ?将来はどうするんだ?マンションのローンはどうするんだ?なんて思いましたがもうどうすることもできません。

だんだん映画に対する集中度があがってくると映画を見ていないときの落ち込み度も良くなったような気がしました。

そのうち今度は音楽を聴いてみたくなりました。宇多田ヒカルと何かを借りました。すっごく良い音でびっくりしました。そして体の中からじんわりと音楽が沁みてくるような気がしました。わたしは入院前に奥さんが買ってきたCDの音楽を聞いて下手なバイオリンの音にしか聞こえなかったことがありました。

「あー生きてるんだな」という気持ちがしました。CDを買ってきてダビングして何度も何度も聞きました。


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2008.06.28 Sat
うつ病を治すための考え
うつ病を治すための考え方。わたしは割りとうつ病に対して精神論で望むのは好きではありません。精神論で考えても自分を責めてしまいそれが悪循環に繋がりやすいと思うからです。

でもやはりうつ病が良くなるような考え方は必要だと思います。わたしも自分ががんばらなければいけない。今まで自分ががんばって乗り越えてきたことはいっぱいある。だから今がんばらなければ。でも自分だけではこれ以上は無理だ。今の気持ちを素直にみんなに話して助けてもらおうという考えができていたら違っていたかもしれません。

自分ががんばらなければと思えば思うほど意外とまわりのひとは白けてしまう場合もあります。もっと早めにみんなに任せることができれば事態は変わっていたのかもしれません。

そして会社を休むこともできなければ、みんなより早く帰ることもできない。今休んだら終わりだ。今帰ったらみんなからどう思われるかわからない。

でも客観的に見れば顔色の悪いマネージャーが暗い顔して状況を聞いてきたり、帰りたい時間を過ぎてもいつまでも何を待っているかもわからないなかで待たれたらうんざりするだろう。そんな風には思えませんでしたね。

そのころのことを思い出すと月曜日に会議があって資料を作るんですが、最初は金曜日の夕方作っていたんです。それがだんだん作れなくなってきて家で作るんです。土曜日に作るんですがそれが次第に日曜まで掛かるんです。

そして休みの日に資料を作っても営業予算達成のための打開策や改善策というものが浮かんでこないんです。考えれば考えるほどアイデアがでてこないんです。土曜、日曜の2日間かけてもだめなんです。

そのうちパソコンの前で資料を作っているだけで胃がキリキリと痛んで休み休みしながら作るんです。
今同じ状況だったらズル休みしますよ。

でも少しずつだとわからないんですね。

話がずれている気もしますが物事には2つ以上の側面があると言うことです。うつ病になるとどうしても偏った見方になってしまい柔軟性がなくなってしまう気がします。

完全にうつ病ができあがってからダウンするのではなく、自らタオルを投げ込むことができれば良いんですがそれはできないですよね。

ただ休んじゃいけないではなくて休む方法もあるんです。仕事を一生懸命やるのも大事ですが長い人生で一時期いい加減になっても良いんです。そういえばいい加減な人はうつ病にならないような気がします。






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2008.06.27 Fri
うつ病だから良かったその2
うつ病だから良かったことはうつ病が治る喜びでしょう。

暗く長いトンネルがずっと続くように思っていたけど抜けられるんだとわかった時の喜びは計り知れません。それも通院して先生に「この一ヶ月間はどうでしたか?」と聞かれたときに前回よりもまた良くなりましたと報告する時は本当にうれしいですね。

絶対に治らない、会社なんか二度といけない、働くなんてできない、とにかく夢も希望も無い日々が続いていたのに。こんな日が来るなんて思いませんでした。

思えば長い2年間でした。今でも残業規制はあるけれど、それも病気で苦しんだ者へのご褒美だと思えば楽しいことです。まるで一日が2日あるようで会社が終わってからもう一日自由な時間があります。給料やボーナスが下がったり大きい顔はできなくなったけど考えようでは良い転換期だったかも知れません。

毎日家族そろってごはんは食べられますし、休日も一緒に遊ぶことができます。無理に良く考えている面も確かにありますが、あのまま好成績を上げて深夜まで働いて休日はゴルフに行くか寝ているかで本当に幸せだったのでしょうか。

今、うつ病に苦しんでいるひと。特に仕事が原因でうつ病になったひともたくさんいると思います。仕事は大事ですが入れ込み過ぎるとやはり体や精神に歪が来るのではないでしょうか。また入れ込み過ぎれば入れ込み過ぎるほど裏切られたときショックが大きいと思います。

わたしの場合もたまたま過去の成績は良かったのですが悪くなった時のショックは尋常ではなかったと思います。できる営業マンであり続けたい、上からも認められ続けたいと言う気持ち、一生懸命やればやるほど深みに嵌っていきます。

やっぱり仕事中心の生き方は良くないと思います。他にもやりがいや楽しみを見つけることが重要だと思います。わたしは現在パソコンや映画、音楽などしか興味ありませんが、子供と遊んだりしてなんとなく過ごすのも良いのかなと思っています。


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2008.06.26 Thu
うつ病だから良かったこと
[人生] ブログ村キーワード=一度だけの人の生き方。ただし、強い意志があればまれにやり直すことができる。

わたしはうつ病のとき、常に胃痛に悩まされ自分の能力の無さ、過去にしてきたことへの後悔、そして未来への絶望感に襲われ、日に日に体力が無くなり眠れない日々が続きました。その時、わたしは神様に願いました。

もし人生をやり直せるものならば仕事中心の人生を見直し、相手のことをもっと思いやれる人間になりたいと思います。お願いですもう一度やりなおさせてください。

そして願いは叶いました。

うつ病はかなり良くなり会社にも復帰して仕事の時間も押さえ、家族と過ごす時間も増えました。こうしてわたしは、望んでいた人生をやり直すチャンスを得たのです。これはまさしく地獄からの生還であり信じられないできごとだったのです。

ところがです。復職して4年、治るにしたがって仕事でまた認められたいと言う欲求がでてきたのです。ここが矛盾するところで治るというのは性格ももとに戻っていくことを意味するのです。もともとわたしは仕事にのめり込むタイプです。四六時中仕事のことを考えるのが趣味と言っても良い人間でした。

ですので自分にも周りにも厳しく目標や納期を課していました。営業だった頃はお客様から受注をもらうためならば徹夜や休日出勤もいとわなかったのです。また、仕事のミスや不真面目な仕事の仕方を許せませんでした。ですのでいつも回りに注意をしている人間でした。ただ、見捨てることはしないのはポリシーでした。

そのため、営業ではなくなった今でもセミナーの企画や集客に並々ならぬ神経を使いそれこそ必死にやってしまったのです。すると周りとの軋轢ができてしまいます。決して今でも間違っているとは思わないのですが言い方、接し方が悪いのです。簡単に性格なんて変わるはずがないのですが神様との約束なので守らなければいけません。

最近そのことを思い出しまして必死に自己改革を進めています。できれば生き方が美しい人になりたいというのが偽らざる今の気持ちです。


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2008.06.22 Sun
うつに勝つ
[うつ] ブログ村キーワード=うつとは決して正面から退治してはいけない病気。無視したりやり過ごすことがとても重要です。

うつに勝つ。そんなことはやっぱり無理だと思います。あきらめではなく謙虚さが必要なのではないでしょうか。

わたしはやはりうつに悩まされているときにうつにうち勝つ方法をずっと考えていました。うつ病に打たれ、どん底だった時ではなく普通に生活できて自転車にも乗れるほどの回復していました。会社や会社のみんな、先輩や部下たちに迷惑を掛け続けた自分がどうやって会社に戻るというのだろうか。

なぜあの時、部下の失敗をあそこまで責めたんだろうか。なぜあんな辛い状態で会社に行って傷を深くしたんだろうか。なぜもっとみんなに助けを求めなかったんだろうか。なぜ、お客さんを説得できなかったのだろうか。まるで日課のように過去の自分のしたことを棚卸しして攻め立てました。

不思議なことにあれほどなかった記憶力が過去の失敗に関しては再現ビデオを見せられているように鮮明にみることができました。論理的に考えれば考えるほど逃げ場のない状況に追いやられ痛めつけられました。

目の前の国道は4車線で駐車している車もなく、タクシーを止めることも出来ないようなところです。リハビリのために通っているスポーツセンターへの行き帰りには必ず通ります。どの車も70~80kmは出しているので自転車で急に飛び込めば避けられないだろう。

でも、轢いてしまったひとに家族がいたりしたらいやだな。ばらばらになった自分の遺体を家族に拾わせるのは耐えられないな。近所のひとにいろいろ言われたら可哀想だななどと考えては今日はやめておこうなどと思って通り過ぎました。

結局その繰り返しで生き続けたのではないでしょうか。

病気で死んだり事故で死んだりしない限りは死なない方が普通なんではないでしょうか。やっぱり自分から死んでしまうと言うことは親や配偶者や子供や兄弟や友達にも迷惑を掛けることになります。迷惑を掛けないために生きると言うのも立派な考え方だと思います。

死んでしまうと言うことは自分が辛くて耐えられないから死んでしまおうと言うことなのではないでしょうか。言ってしまえば究極のわがままです。その気持ちは充分わかりますがその態度は理解できません。

うつに勝つこと。それは死ぬまで生きることです。本来は過去のことは終わっているので怖くありません。また、将来のことは起こっていないので予測、うつ病であることを考慮すれば予想、空想、悪夢です。

うつのひとに予測する能力はありません。また、新しい道を開くアイデアもありません。だから今出来ることは何もせずに待つことです。


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2008.06.21 Sat
ひとが怖い
こんな風に治りました。なんて書いているけど本当はまだおかしいんです。どんな風におかしいかというと以前と比べてつっかかられるんです。何か仕事をしていると文句を言われやすいと思うんです。以前だったら文句を言われることもめったにないし、言われたら言い返していたんですが今は言い返せません。

しばらく表に出なかったので気がつかなかったのかもしれないのですが、販売促進をやるようになってから営業と接点が多くなってそれで文句を言われる回数が多くなった感じなんです。例えばなにか営業から言われて物の手配をするのにルールでは5日間かかると答えるんです。それをやいのやいの言って1日か、2日にしろとねじ込んでくるんです。3日後にはだいたい大丈夫なんですけれど。

だけれどそれが必要なのは1ヶ月前からわかっていたのでわたしは最初営業のせいだと言ったんですが営業いわくお客様のために急がせて何が悪い?と言ってくるんです。最初は営業が悪いと思っているんですが、だんだん自信がなくなってきてしまうんです。むかしであれば営業に文句をいう性格だったのに言えないんです。

論理的な頭では営業が悪いと思いつつ、お客さんのために一生懸命な営業マンがいるわけです。本来自分の段取りがよければ物の手配で混乱することもないのに。でもなんか恨まれている感じがして滅入ってしまうんです。

なんか気がつくと冷や汗をかいていたり、手が震えていたりするんです。それに反論する、言い返すって頭の回転が良くないとできないんですよ。でも、ここからうつに戻る感じはしないんですけれど、やっぱり症状が重かったから完治するのも時間が掛かるのでしょう。

でも滅入った後、昔だったら相手が悪いと決め付けて、「要領良くやれー」なんて怒鳴りつけて相手がわたしを恨んでもまったく意に介さない、そんな自分だったので今の状態の方が人間的なのかなとも思います。こんな風に考えられるのは治ってきたおかげですね。



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2008.06.20 Fri
誰が誰を助けるのか
[休職] ブログ村キーワード=休職とは体とこころをやすめるもの。そして人生を考え直す時間のこと。

先日、ずっと休職していた同僚の女性が退職しました。やはりうつ病で2年くらい休んでいたのだと思います。うつ病にもいろいろタイプがあるようでとてもパワフルな女性でした。もともと彼女とは付き合いが無かったのですが2年間休んで復職したひとがいると聞いて突然メールを送ってきました。

わたしは東京に住んでいて彼女は地方の支店に勤めていました。顔を合わせたのも1度くらいですのでまさか連絡が来るとは思いませんでした。彼女は相談相手が欲しかったようでうつ病に関する疑問をわたしにぶつけてきました。まあ、同病相哀れむでできるかぎりわかりやすく答えていました。

そのうちにメールの頻度がどんどん多くなり、手紙のほうが好きだと言い出してリアルな手紙を何通かもらうようになりました。そして会社のわたしの事務所に家で取れたやさいを送ってきたりしました。とてもうつ病とは思えませんでしたが本人がそういうので信じていました。まあ、そのあともなんやかやとメールや手紙をもらい困惑していました。とにかく焦り、うろたえ、後悔が入り交じった感じで見ているうちにハラハラしてきました。

まあ、特に甚大な迷惑を掛けられているわけではないので今までと変わらぬ対応を心がけましたが返事を返すのが遅くなったり、内容が薄くなったりしていきました。

そんなころ彼女から支店のみんなが冷たいだの、辞職を勧められたなどと手紙に書いてきました。挙句の果てには人事部へ訴えてやるなどとあまりにも敵対的なメールだったのでわたしも決心してメールを返しました。

そうだね。君の云うとおりだね。だからこれからはいがみ合いながら復職の相談も東京の人事とやり、支店長や支店のみんなと更に関係を悪くして進むしかないね。病気が治っても人間関係が壊れてしまっては会社になんかいられたものじゃないよ。

そんな内容で彼女にメールを送ってしまいました。彼女の具合が悪くなったらわたしのせいかもしれない。そんな思いの中、彼女から手紙をもらいました。「そうですね。言われるとおりだと思いました。」と申し訳なさそうにメールしてきました。一人暮らしをしていましたが、実家に帰ったようです。帰ってからは少し落ち着いた様子でした。

それから半年くらいメールも来なくなり、わたしからもメールしませんでした。助けたいと思っていたはずなのに逃げている自分に気が付きました。でも思い出さないようにしました。

そして先週退職したというメールをもらいました。大変お世話になりました。ありがとうございました。これからもたまにメールして良いですか?。と書かれていました。会社をやめてホッとしたのか、とても落ち着いたやわらかな感じのメールでした。返事を出すとまたお礼の言葉が並んでいました。

この間のメールでわたしが落ち込んでいたことを心配してくれました。「先輩ならば大丈夫、うまくやっていけますよ。若い頃あんなにがんばったのみんな知ってますよ。」と書かれていました。どっちが相談していたんだろうか。

でも彼女のメールの文章はしっかりとして思いやりにあふれとても明るくなった感じで退職しちゃったけど彼女のためだったのかな。幸せが彼女に訪れますように。



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2008.06.19 Thu
復職はゴールではないその6
[変化球] ブログ村キーワード=ちょっと強引ですがストレートよりも変化球のほうが生き残れると言うはなしです。

異動した今度の部署では完全にスタッフになりました。やってみればなんとかできるだろうと思っていましたがやはり慣れの問題は多く、なかなか思うようにできません。ましてわたしの年を思うと教えるほうもかわいそうだなと言う状況でした。

それに良い悪いの判定が難しい。営業のときはお客さんが注文をくれれば正しい、くれなければだめという考え方でした。たとえデキが悪くてもお客さんが注文をくれれば良いのです。試験で言えば点数が悪くても合格すればOK、100点のできでも不合格なら悪いデキです。

スタッフは常に100点を求める感じでとても定時に終わりそうにありませんでした。そんなに不満のある部署ではありませんが自分の力がまったく意味をなさない感じがして居場所がないななどと贅沢な考えに支配されていました。

同じ部門の中に販売促進のチームがあり、忙しいときだけ手伝っていたのですがそちらの部門に魅力を感じ、丁度大型の展示会とそのフォローの仕事があり手伝いに名乗りを上げました。今までの営業経験を買われ、その販売促進の部隊に上期の途中に異動することができました。

今思えばかなり強引な売込みをした成果があったと感じています。営業ではないけれど限りなく営業の近くまで戻ってきたのだと言う感慨もあります。

さて、このあと営業に戻ってしまうのか今の延長線上にいるのかはたまたまったく違う世界に行くのかはこれからです。でも復職してからの5年間を思うと本当に運良くこれたものではないでしょうか。

今最も強く思っているのはうつ病だからたいへんな経験をしたのではなく、うつ病だから大変に感じただけだと思っています。健康な人も年齢を重ねるたびに様々な試練にぶつかります。同じ仕事を入社から定年までの間担当することはありません。同じように見えても役職や年齢が変われば捉え方は変わってきます。

コンピュータ業界では「強いものが生き残るのではなく、変化に強いものだけが生き残るんだ。」というダーウィンの進化論を引用しますがサラリーマン社会も同様のことが言えるのではないでしょうか。

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2008.06.18 Wed
復職はゴールではないその5
それからしばらくしてグループ内での展示会が開催されることになりました。たくさんのシステムが出展され、その事務局というやくまわりなのです。多少慣れたのですが展示内容が多岐にわたっていたこととともにもうひとつ大きな問題があったのです。

今回はその事務局役をわたし一人がやるのではなく4人だけのグループが形成されましたがこれがまたやっかいな問題をはらんでいたのです。それはあとの3人が部下なのです。復職して半年過ぎたばかりなのでできれば1人でやる仕事が良かったのですが巡り合わせが悪く4人で担当することになりました。正直言って上司よりも部下のほうが似合っている感じです。それに気が強い女性2人、性別で差別をしてはいけないのですが、もう睨まれただけで落ち込んでしまいます。

もうすっかり腫れ物に触るような対応になってしまってそれが返って相手にも不評そうでとってもつらい日々を過ごすことになりました。女性一人が主任もうひとりが担当、男性も担当という布陣でした。女性の主任は気が強く、事あるごとに「中田さんはマネージャーなんだから決めてください。マネージャーとして相手に言ってください。」などと言われてもぐずぐずと対応している状況でした。


「できればあなたにマネージャーを譲りたいです。」
と心の中でつぶやきながら対処していきました。

なんとか我慢していましたが一度だけ耐えられなくなり「悪いのだけれど、もうこれ以上は無理だから。あなたも知っていると思うがもともと心の病気でこれ以上は対応できないから勘弁してください。」「言ってくれればわかりますけれど言わないので大丈夫かと思いました。」と言われなんとか切り抜けることができました。

その行事はその後3年間、3ヶ月ごとに行われました。その後また異動がありそのグループも解散になりほっとしたのも束の間、また新しい問題が発生しました。

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2008.06.17 Tue
復職はゴールではないその4
復帰してから3ヶ月後、大きな展示会の事務局を引き受けることに。

部長から「君に夏の展示会の事務局を引き受けて欲しいのだけれどどうだね。」と言われ「責任者なんてとんでもありません。」と言ってしまいました。「だから責任者じゃなくて事務局だって。」嫌ともいえず、また責任者ではなく事務局なのでたいした責任もないだろうということでやらさしてもらいました。

会議を取り仕切ったり、業者と打ち合わせをしたり、資料を作ったりとかなり仕事らしい仕事をすることになりました。当日も説明員もやりながらお客様の呼び込みもやるという自分としてはかなり過負荷な役回りを務め上げる事になり、やっと復職したかなという感じになりました。

ある製品の発表を印象付ける為の展示会でしたが、商品のコンセプトをまとめた資料も作ることができたのはかなり自信につながったと思います。またインターネットを覗くのもその商品の競合製品やピーアールポイントの調査など目的もなく見るのとは違ってとても充実していました。

もちろんたくさんの人が関わり、その末端だったわけですがみんなの満足感からしばらく遅れることささやかな満足感はありました。ただ、このころはまだ手の震えがひどく字を書いたり、ビールを注いだりとみんなとの係わり合いが増えるにしたがって周回遅れを意識したこともありました。

自分としてもかなりうれしくて家に帰るとすぐ奥さんに報告しました。やはり奥さんもかなりうれしそうな顔をしてくれました。
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2008.06.16 Mon
復職はゴールではないその3
わたしは会社に復帰するとまず、病気になる前にいた営業部門にスタッフとして再配属されました。最初は本当に何もできないので会社のことを覚えようと思いました。コンピュータ会社なのでほとんどの情報はパソコンの画面で見ることが出来ます。

本当に暇つぶしに会社に来ているようなものです。まず、会社のことを知らなければいけないと思ったので組織体制やそれぞれの組織でどのようなことをやっているのかなどをのんびりと見ていました。実際復職時の上司は特定の仕事は与えず、社内の情報やインターネットを見て勉強してくれと言ってくれました。

また、うつではないのですが突発性偏頭痛?で復職していた後輩も同じ職場にいてくれたので非常に心強かったのです。すごく気を使ってくれましたし実際わたしが困っていると常に助け舟を出してくれました。

少し慣れてきたわたしは自分にやれることは何かないのかなと思い、営業のマネージャーに声を掛けました。「何か手伝えることがあれば言ってください。」するとひとりのマネージャーから会議をやるので机を並べておいてくれ。」と言われたのです。

ずっと営業のトップでやってきたわたしはそんな雑用を頼まれたのは新人時代しかなくびっくりしました。そして今の自分ができることと言えばそんなことしかないのも事実でした。プライドをひどく傷つけられ、改めて現実の厳しさと自分の甘さを思い知らされました。

こんなことにいちいちショックを受けていたらしょうがないと自分に言い聞かせて机を並べました。でもそれから5年たった今でも忘れていないのですからこのことに拘っているのも事実だと思います。

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2008.06.15 Sun
復職はゴールではないその2
わたしの勤めている会社は勤続年数によって休職期間の期限が決まります。わたしの場合は2年半でした。最初は復職できる自信がなかったので期限はあまり考えませんでした。というよりも最初の時点ですでに復職をあきらめていました。

自分が勝手に仕事のプレッシャーを感じてしまい、まわりのみんなにもひどいことをした。だから会社には戻れないと思うと奥さんに言っていました。奥さんも死にさえしなければ良いと言ってくれました。つまり夫婦の間では復帰はあきらめていたということです。

そんなわたしが復帰できそうだと思ったのは会社の友人たちのサポートがあったことが大きかったと思います。友人たちは釣りに誘ってくれたりゴルフに誘ってくれたり、クリスマス会に誘ってくれたりしました。

それでも当日になって調子が悪くなり、行けない事も何度かありました。こんなことがあって会社のみんなが敵ではなく少なくとも友人たちは迎え入れてくれるのだと思えるようになって来ました。

また、気分の極端な落ち込みも次第になくなってきました。休職してから2年目を迎える春の3月に担当医と相談して復職を決めました。その後産業医(会社側の医師)との面談も無事終わり3月の中旬頃から復帰することになりました。

担当医からは最初は半日、2,3週間くらいの慣らし出勤をしたら徐々に時間を延ばして行きましょうと言われていました。しかし、会社側の姿勢としてはフルタイム会社にいられない社員は治っているとは言えない。フルタイムで働けるようになってから出社するようにとの姿勢でした。

最近は慣らし出勤と言って休暇扱いで出社の練習をする期間が設けられています。結局いつかは決断しなければいけないことなのでフルタイムで出社することになりました。

また、わたしの場合特殊な事情がありました。勤めている会社が合併してしまい、相手方の業務形態に合わせていきました。これもうつになる大きな原因だったと思いますが、20年間やってきた業務のやり方が使えなくなり、新しい仕組みを覚えることもなく休職してしまったので社内業務のことを何も知らないのです。

このことは復職する上でとてもプレッシャーになりました。20年も勤めているのに本当に何も知らないのです。その上、記憶力、判断力などとても弱いのです。とりあえず休職前に勤めていた部署で営業ではなくスタッフとして再スタートすることになりました。

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2008.06.14 Sat
復職はゴールではない
[会社] ブログ村キーワード
うつのひとにとってもっとも戻りたい場所であり、もっとも戻りたくない不思議な場所。

うつが治ったら会社に復帰できるのだろうか。いつになったら復職できるのだろう。こんなわたしが本当に会社に復帰できるのでしょうか。毎日毎日、あちこちのブログに書かれている内容です。

でもこの発言には大きな問題があるのです。復帰はゴールではなくスタートなのです。もちろん、休職してから久しぶりに行く会社なのでそれだけでも大変なことだと思います。そしていざ会社に行くとみんなもやさしくしてくれます。これなら行けそうだなと思うのです。

翌日から急速に仕事の回転をあげ、翌週からはほぼ普通通り、そして翌月からはフル回転、休んでいた分も取り戻しかねないくらいがんばる。そして3ヶ月後から疲れが出てきて翌月には休みがちになりその後また休んでしまう。

わたしは2年も休んでいたのに1回で復帰して5年間再発していない。その理由のひとつに復帰した時にがんばりようがなかったという理由があると思います。病気になる前の自分は自信に満ち溢れ、積極的で、常に強気で、理屈で相手を論破するような人間であり、ひとにも厳しかったが自分にも厳しく、仕事について決して妥協しない人間でした。少なくとも自分ではそう思っていました。

そのわたしがうつになったことで自信を失い、自分を嫌い、人生のすべてを後悔し、眠ることもできなくなり、幻覚まで見て身も心もぼろぼろになりました。

正直に言えば性格まで変わってしまい、がんばるなどと言う考えさえも起きなかったのが実態でした。それが結果的には良かったのでしょう。

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2008.06.12 Thu
うつのイメージ図
[うつ] ブログ村キーワード
正体が良くわからない精神的な病気で気持ちがとても落ち込むのが特徴。わたしが思っているうつを絵にしてみました。


うつのイメージ


わたしのイメージでは脳の中で情報を伝えるセレトニン、今回は谷を飛び越える人間で表しています。通常は左の絵のように一度で脳のA地点からB地点に一気に情報を伝えることができます。ところがうつ病になるとこの谷が大きくなる、そして跳躍力が落ちると考えています。

それでも飛び越えようと何度も何度も飛んでいるうちに更に跳躍力は落ちていきます。このまま飛び続けると死んでしまうかもしれないので気持ちを落ち込ませて飛び越える元気を無くしていきます。このようにうつはある意味自分の体を守るために発症しているとも言えます。

大事なことは脳が物理的にこのような働きをしているために落ち込んだり、後悔したり、自分をだめな人間だと思い込んでしまう病気なのです。決してあなたが悪いのではなく病気がなせる業です。ですのでうつが治ればこのような考えがなくなり自分の意思をうまく伝えることができるようになります。

足を怪我すれば歩けなくなります。風邪を引けば熱がでます。うつになれば考え方が暗くなるだけのことです。今落ち込んでいるのはうつの症状なのであなたに罪は無いのです。ですから今考えることはどうすれば早く治るかであって早く仕事に戻ることではありません。以上参考になれば幸いです。お大事にしてください。


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2008.06.11 Wed
仕事うつ
[仕事] うつ ブログ村キーワード
仕事が原因で発症したうつを「仕事うつ」ということにしました。

最近は他の方のうつブログを拝見しています。なんか違いますよね。徒然なるままに書かれているひともいれば正義感を持って会社の悪に立ち向かうひともいる。詩のようなブログだったり親御さんの介護に疲れた末にうつになられた方も。それに引き換え、男の仕事うつ。往生際が悪すぎます。

みんながそうではないと思いますがわたしのうつを反省してみます。まず仕事がつらい、これはしようがないですがもう頭の中の99%は仕事のことになっていましたね。頭の中に家族がいないんです。奥さんにどう見られるかよりも他人にどう見られるかの方が100倍大事でした。

もう、奥さんの励ましなんか聞こえません。奥さんに大丈夫だからと言われるよりも部下に心配されたらどんなにうれしいだろうか。むすめにおはようと言われるよりも上司にご苦労様と言われることがどんなにうれしいか。

こんなことってありえますか?だんなとして父親として人間として最低じゃないですか。しかもそのことを自覚しているんです。自分はなんてひどい人間なんだろう。こんなに心配してくれる奥さんや子供に対してたいしてありがたいとも思わない。それよりも会社での評価が大事なんです。それも評価されているのならまだしも評価されていないと思っているんです。こんな惨めなことがあるでしょうか。本当に身も心もぼろぼろになります。

今だから言います。わたしはおかしかった。でもその時はそれしかないんです。仕事がうまくいかない、いやでいやでしょうがない。でも仕事で評価されたい。だけど絶対にうまくいかない。忘れて遊んでいることができれば良いのだけれどそんなことできるわけがないんです。

仕事うつ、理解できないと思います。だから惨めで会社を辞めたり、離婚したり、中には自殺してしまうひとがいるんです。自分でもわかっていてもどうしようもないんです。もしあなたがその状況だとしても仕事うつとしては普通ですから。

今は正常に考えられない状況なだけです。あなたのせいではありません。そのことを理解してください。


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2008.06.10 Tue
治るための環境をつくる
治るためにはやはりふさわしい環境が必要だと思います。会社の後輩で何度もうつを経験していたA君がいました。彼は3度目の休職中にわたしが再発せずに出社していることに何かを感じたらしく話を聞きたいとメールをしてきたのです。わたしもA君と久しぶりに会うのはうれしいし、もしA君の役に立つことがあるのならばすばらしいことだと思い会うことにしました。

喫茶店ではしばらく話しているとA君は本題である「再発しないのには何か秘訣があるのですか?」と聞いてきました。A君の話は別のひとから聞いていたので確かめながら話を進めました。「秘訣と言うほどのことはないけれど次の点に気をつけたよ。」

1.治るまで出社しない。・・・・・当たり前ですが結構これが守れないひとが多い。

2.出社しても以前とは違う人間になる。・・・・・前のようにはなれないと思ったほうが良い。

3.自分の目を気にしない。・・・・・・やっぱり自分が見る目が一番厳しいしごまかせない。

4.早く帰る。・・・・・・やっぱり疲れますからね。

5.成果を求めない。・・・・・スポーツと同じ。3日休んだら取り戻すのに3日かかる。

まあそんな話をしていたんですがそのうちA君の悩みが打ち明けられました。休職して1年以上経つのにA君の親と奥さんの親に報告していない。

「えっ?」それじゃ会う度に困るでしょう。どちらの親も近くに住んでいるのに。すると「1度目のときに怠け癖がついているからだ。」となじられた事があったそうです。「でも時代も変わったからお父さんも今はわかってるんじゃないかな。ちゃんと話さないと奥さんと赤ちゃんと3人で家から出られないじゃないか。」

朝起きられないというので何時に寝ているんだと言うと12時、1時と言うのです。「もっと早く寝ようよ」というと赤ちゃんをお風呂に入れたり洗濯物をたたんだりしているそうで遅くなるんだとか。

聞いているうちに腹が立ってきて「A君、あなたは病気を治す気があるんですか?治す気があるのならば努力しようよ。」

そんなやりとりをして別れましたがその後はお父さんとも和解してしばらくA君だけ実家にお世話になったそうです。その後、復職学校みたいな施設がありそこに通うことで朝も起きられるようになってついには復職しました。ただ、どうしても今の会社の水に合わず、転職していきましたが今は元気にやっているようです。

みなさんも大きな障害があるのであれば早めに対処されたほうが良いのではないでしょうか。


先日、アクセス数が多いなと思ってリンク先を見るとパンダroomさんに憎まれ人間が鬱で善人に。。なんて書かれていてビックリしました。


またもぷのハピログ:ゆるゆるだいありー。では、なちゅまるさんのコメントでばっちり紹介してもらいました。

3人さまありがとうございます。

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2008.06.08 Sun
娘のこころ
わたしが発病した当初、娘はまだ保育園の年長組でした。下の子が生まれたばかりで甘えたい盛りでしたがわたしが自分のことしか考えられませんでしたので寂しい思いをさせたことと思います。

うつはわたしが会社を休んでからも悪化の一途をたどり、眠れない、食べられないという状況が続きました。

わたしは食事をしてもおいしいとは感じることができなくなり、茶碗を眺めてはため息をついていました。すると娘は「パパ、ご飯をちゃんと食べなさい。そうすればちゃんと眠れるようになるからね。」と言ったのです。また、わたしが寝ないでつらそうにテレビの方を眺めていると枕を持ってきてくれて「パパ、横になってみたほうが楽だよ。寝てて良いからね。」と言ってくれました。

妻もわたしの看病と娘たちの世話に疲れてしばらく分かれて暮らすほうが良いと思い別居しようと思ったときも娘から「ママ、パパもみんなも家族だよ。家族はいっしょに暮らすものだよ。ねえ、家族なんだから助け合えば良いじゃない。」そんなふうに言ってくれたそうです。

こんなこともありました。わたしがうつに苦しめられてもがいている時「パパ、悩んでばっかりいると、幸せは逃げちゃうんだよ。だからあんまり悩んじゃいけないんだよ。」

本当にわたしが苦しくて何もかも忘れてしまいそうな時、自暴自棄になってしまいそうな時、娘に助けられました。その言葉はとてもわずか6歳の女の子のものとは思えませんでした。まるで神様がこの子に宿りわたしを導いてくれているに違いない。必ず治ってこの子を守らなければと思いました。

結局、そのあとわたしは入院してしまいましたがいろいろな面で助けてもらいました。病院から週3日くらい家に電話するのですが娘とも話していました。せめてもの恩返しと思い、わたしは娘のためになぞなぞをつくりました。1年生の女の子がわかるようななぞなぞを話したとき、娘がとても喜んでくれたのです。喜んでくれることがうれしくて、いつもメモを持っていて思いつくと書き込んでいました。一日2問くらいを毎日考えていました。問題を考えるときはうつのことも忘れていたので治療にも良かったと思います。

娘も今は中学生です。親の言うことは聞きませんし、ケータイ電話に夢中です。学校の授業もあまり聞いていないらしく、試験の時期は妻とのバトルが展開されます。忘れ物は良くするし、家の手伝いはしません。でも本当?は良い子です。

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2008.06.07 Sat
神経科入院についてその7
次の日の診察で担当医から言われたのは抗うつ薬が効きすぎて躁状態になったことが原因だったそうです。わたしの不安をよそにこういったことは良くあることですから。薬の相性の問題なのであまり気にする必要はないと言いました。そう言われても前日のような体験は普通しないと思うので薬のせいだけとはなかなか思えませんでした。

ちなみに翌日家内に確認すると確かに「おれが死んでも良いのか?」と質問されたが「いやよ。そんなことだめに決まっているじゃない」と言ったそうです。うつ病の彼女に何を頼んだの?と言う方もいたんですが覚えていないんですよ。ただ、他愛の無いことでテレビ番組のビデオをダビングしてくださいとか何とか言ったと思います。

先生の話に戻りますが、先生は退院する前でよかったと言いました。確かに自宅でそんなことになったらと思うと恐ろしいことですが良かったと言う先生はすごいと思いました。結局また別の抗うつ薬を飲むことになりました。この薬を変更すると言うことは今までの治療をやり直すことになるのです。まずこの薬が体に染み込むまで1週間。血液検査も行い、効いている事を確認すると気持ちが明るくなるように量を増やしていきます。これもいっぺんに増やすことはできないので2、3日置きに1錠から2錠、2錠から3錠と増やしていきます。

しかし、今度は気持ちが持ち上がってきません。躁うつ状態になった時は本当に完治した感覚がありましたから余計に今度の薬の効き目が弱いように感じました。この薬の再調整のために入院期間はさらに半月間延びてしまいました。

そしてうつ病とはなんて惨めな病気なのでしょうか。わたしが声を掛け、一緒に話し、励ましてきた患者たちが次々と退院していくのです。最後まで病院に残っている自分が一番病状が悪い気がしました。後から入院してきたひとたちと話す元気もなくなり、孤独な気持ちで入院生活を送りました。

しかし、今考えると入院したからこそ自分にあった薬にめぐり合えたと思います。先生につきっきりで診てもらいながらだからこそできたことだと思います。

もうひとつ大きな収穫だったのはわたしだけでなく、家内も面会に来たときは必ず先生と話をしていましたのでうつ病に対する知識を身につけたことも大きかったと思います。特に家内から見たわたしはどうかというのを毎回先生から聞かれました。これにより症状だけでなくうつ病患者の思考もかなり理解できたと思います。その後の治療の上で大きなパワーをもらったと思います。

前の薬のように画期的な効き目があるものではありませんでしたが、それなりに合う薬とめぐりあって無事退院することができました。

前回のブログを見た方は驚かれたと思います。ごめんなさい。でも結果的には良かったと思っています。神経科入院シリーズはこれで終わりです。

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2008.06.06 Fri
神経科入院についてその6
そしてずっと調子が良いまま退院の前日になりました。明日で退院だと思ったときふと変な考えが浮かんだんです。そうだ、このことを本にしよう。うつで苦しんでいるひとに希望が与えられるような本を書こう。会社の上司や社長にもうつのことをもっと知ってもらうようにしよう。

みんなうつのことを知らないから変なふうに考えるんだ。自分がみんなに教えてあげなくちゃ。ただ、本名で本を出すと家内や娘がイヤな思いをするかもしれない。そうだペンネームを考えなくてはいけない。印税が入っても誰にもわからないようにしたほうが良い。それでも週刊誌などに嗅ぎ付けられたら大変だから一切表に出さないように気をつけなければいけない。

途中見回りに来た夜勤の看護師さんにも「明日退院でうれしくて眠れないんです。許してください」なんて良いながら出版のことを考えてとうとう夜が明けてしまいました。うつの眠れないのとはちょっと違う、ハイテンションで眠れない感じなのでした。

そして寝ないまま食堂へ行きみんなと話していました。すると20歳くらいの仲の良い入院患者の女性に思わず「○○して欲しい」と言ってしまったのです。彼女はまわりのひとに頼まれるとイヤといえない性癖で頼まれたことがプレッシャーでうつになってしまうのです。

そのひとに悪気は無いにしろ「○○してくれ」と頼んでしまったのです。次の瞬間、自分は大変なことをしてしまったという罪悪感が湧き上がり頭の中が膨張するような感覚に襲われました。そして家内に助けを求めるために自宅に急いで電話をしたのです。早く出てくれ、そうでないと自分の記憶が無くなってしまう。そんな恐怖感に襲われました。

電話に出た家内は「病院なんだから先生を呼んだほうが良いよ。」と言いましたが「待って待ってくれ、今電話を切られてしまうとおれの記憶は無くなってしまうんだ。もう少しこのままでいてくれないか。」なにか話し続けないと記憶が消えてしまうと思ったわたしは家内に大変な質問をしてしまうのです。「なあ、もしおれが死んだらどうする?」「何言ってるの?」「だからおれが死んでも良いと思うか?」すると家内は「うん。良いよ。」わたしは「えっ?おれが死んでも良いの?」ともう一度聞くと家内ははっきりとした口調で「うん。良いよ。」と言ったのです。

頭の中心が崩れていく感じがして目の前の景色が歪んでいきました。電話の受話器を離してわたしはゆっくりと病室へ戻っていきました。家内がそんなことを言う訳がない。これは夢に違いない。目の前のものはクッキリしているように見えるがすべて幻だ。

みんながゆっくりと動きながら笑顔でこちらを見ています。幻だ。そうに違いない。夢だ。現実ではない。次の瞬間、これが夢であるのを確かめるようにわたしは病院の廊下をスキップしながら走り抜けました。みんなが見ています。わたしはさらにカーテンを首に巻き付けおどけて見せました。

しばらくすると看護師たちがまわりを取り囲みわたしを取り押さえました。わたしは幻がわたしを抑えていると思い込み看護師たちに汚い言葉を浴びせかけました。そしてついに押さえつけられたわたしは麻酔注射をされて眠り込みました。

目が覚めてから家内がそばにいました。わたしはベッドの上に縛り付けられていました。「夢じゃなかったんだね。ごめんね。」そういうと家内は悲しそうな顔をして頷いてくれました。いったい自分はどうなってしまうのだろう。言いようの無い情けなさでどうしようもありませんでした。

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2008.06.05 Thu
神経科入院についてその5
自分でも気づきませんでしたがこうしていろいろ書いているということは入院生活にかなりの思い入れがあったんですね。一生懸命良いひとになろうとしてその努力は次第にエスカレートしていきました。
頭の回転が速くなるのが実感できるのです。みんなの小さな動作から次に何をして欲しいかを察知して動くのです。いわゆる躁状態です。

みんなの態度を見ていて次にして欲しいことを考えて動くようにまでなりました。水を飲みたいんだ。ゴミを捨てたいんだ。灰皿が欲しいんだ。そして態度だけでなく今までの自分とはガラリと変わってやけに愛想の良いおしゃべりなわたしがいました。家内などは気持ち悪がっていましたがとても気分が良くてにこやかにみんなとおしゃべりをしていました。

そうこうしているうちにだいぶ良くなったと判断され外出許可をもらいました。外出許可といっても駅近くの商店街を家内と散歩して食事をするだけのものでしたが、外の空気は新鮮でそれだけでうれしくなりました。

さらに外出時間を半日に伸ばしてもらい、わたしの提案で電車に乗って30分ほどのところにある植物園に行きました。この日の最大の目的は電車に乗ることです。病気がひどい時期電車や車、自転車にさえも乗れなくなっていましたので非常に心配していましたがあっさりと本当にあっさりと電車に乗る練習で外出したことさえ忘れていました。

家内はあまりにも饒舌なしゃべりっぷりに困惑していたそうです。そして入院患者の女性たちとの会話の内容を披露し、自慢するようなわたしの話に参っていたようです。病院に戻ってから主治医にあまりに様子がおかしいと告げたことを後から聞きました。このことがあとで悲劇をもたらすのです。

そして1週間後、小学校1年生の娘が病院まで見舞いに来てくれました。院内には子供は入れない規則なので外出許可を取ったわたしを神経科の出入り口で迎えてくれました。思ったよりも娘はずっと小さくて帽子をかぶった顔をわたしの方へ向けるとニッコリと笑ってくれました。本当にキラキラ輝く笑顔でこんなに美しいものは見たことがありませんでした。

そして近くにある動物公園に親子三人で出かけました。歩いて30分の道のりでも今までに無いように娘は甘えてくれました。一日中楽しくて本当に生きていて良かったと思いました。体の調子も良く活力にあふれていました。うつを克服できたに違いないと思いました。

でもそんな天国から地獄に落ちてしまうのです。

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2008.06.04 Wed
神経科入院についてその4

入院生活でうれしかったことがあります。晴れた日に病院の窓から富士山が見えたのです。誰かが見つけると数人が騒ぎだして「富士山だ。きれいだねー。」などと聞こえてきます。わたし自身もこの景色が好きで生きてるんだなーと感じました。

患者同士でトランプをすることもありました。7並べをやったんですがすごく疲れました。手持ちのカードをどう整理したら良いのかわからないのです。ですからとても時間が掛かります。でもみんな同じような感じなので全体のリズムがくずれる事はありませんでした。2、3ゲームもやるとみんな疲れてしまうので自然と終わってしまいます。

この時期のわたしは自分の今までの人生をひどく悔いていました。少しくらい仕事ができることを鼻に掛けて威圧的な態度を取ったり、ひとの粗ばかり探していたと思いました。その反省から病院では良いひとに生まれ変わるチャンスと考え、無理して良いひとを演じ続けました。

自分から他の入院患者に話し掛けたり、代わりに買い物をしてきて上げたり、お菓子をあげたり、灰皿を取ってあげたり、形ばかりの良いひとをになろうとしていました。あとから入ってきたひとにも話し掛けて無理をして良いひとになろうとしました。

ある日わたしと同じ心療内科から転院してきたひとに会いました。診療内科の院長からここを紹介されたようです。彼はわたしと同じくらいの年齢で小さな工場の社長だったそうです。3000万円もする機械を入れたのですが不況で仕事が減ってその機会の支払いに終われるうちにうつになってしまったそうです。社長なのに自宅したの工場に出社できず昼過ぎまで寝ていました。そのため3人の従業員から不信を買い、ついにやめていってしまったのです。しょうがなく自分で機会の操作を覚えようとしたのですがメーカーのエンジニアに有料で何回教わっても操作を覚えることができなかったそうです。

生活して行かなくてはならず、高校生と大学生の息子もいるのでビル清掃の仕事をしていたと言っていました。そしてついに奥さんの前で命を絶とうとして止められたそうです。

そんな状況の彼ですが次第に元気になって無事退院して行きました。お世話になりましたと言って住所の交換もしましたが入院患者同士が連絡を取ることについて病院では認めていません。またわたし自身も今後良くないことが起きたときにやり過ごせる自信もないのでその方とはそのまま会っていません。

その他にも5、6人の患者の方と仲良くなり退院したら誰かのうちでパーティーをやろうなどと盛り上がりとても楽しみにしていましたが結局お互いに連絡を取ることも無くお別れしました。寂しい気持ちもしますがこれが精神の病気を持ったひとたちのルールだと思っています。そしてどのひとも悪いひとはいないのに大変な目にあっているのだなと思いました。


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2008.06.03 Tue
神経科入院についてその3
入院してみていろいろな経験をしましたね。やっぱり最悪のことを考える時期だったので最初は個室でベルト付きのベッドでした。外から鍵を閉められていました。小さな窓がついていて廊下が見えるんですけれどそこを当然人が通っていくんです。窓もひどい時は外が見えないように白い紙のようなもので外側を覆われるんです。

また、普通の病院と違うのは電気髭剃りやドライヤー、テレビ、CDラジカセなどが持ち込めないのです。いわゆる電気コードがあるもの、刃物があるものなど事故を引き起こす可能性のあるものはすべて持込み禁止です。どうしても必要な場合は事務所に預けておき、必要に応じて払い出してもらいます。

公衆電話はありますがケータイは持込み禁止です。こちらはできる限り日常生活と離れた状況で治療することが望ましいからです。

それと神経科の外に出られるようになるまで数日間掛かりました。散歩の途中で逃げてしまうことも想定しているのです。散歩と言っても病院の売店で買い物をしてそれから中庭のようなところでタバコを吸ったりジュースを飲んだりするだけなんですけどね。患者さんの状況により10時と3時に外に出られるんですが正味20~30分くらいの院内散歩なんですけれど中々許可がもらえないわたしにはとてもうらやましかったのです。

さらに天気が良くなると病院の周りをぐるっとまわってくることが可能なんです。院内も院のまわりも看護師さんの同行が必要でした。わたしも許可が出るようになると病院の庭を毎日散歩するのが日課であり楽しみでした。

散歩以外の楽しみとしては雑誌やマンガでした。ちょうど邦画になった最終兵器「彼女」や「いいひと」が置かれていて夢中で読みました。

あとは日常的ですがお風呂は男女共用だったこともあり週3、4回しか入れませんでした。洗濯は最初は家内が全て持ち帰っていましたが小1娘と1歳になったばかりの娘がいましたので最後の方は何回にか置きに自分でこなしていました。といってもコインランドリーのようになっていてお金を入れて洗いお金を入れて乾燥するだけの簡単なものでした。

でも何かしているだけで気がまぎれる感じは嫌いではありませんでした。

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2008.06.03 Tue
神経科入院についてその2
入院生活はいろんな思いが入り乱れていました。もう、人生が終わったような気分にもなりました。神経科とは言え、はっきり言えば精神病院です。鉄格子に囲まれ、独房の中で鎖に繋がれる。どこかでそんなイメージを持っていました。

わたしが入院した病院は通常の病院となんら変わらない雰囲気でしたが、面会時間が30分と決められていました。もちろん付き添いのかたもいないのです。また、子供の入院患者はいませんでした。食事も比較的おいしく、ひそかに楽しみにしていました。

入院患者の正確な病名はわかりませんがわかってる範囲ではやはりうつ病が多かったようです。いろいろなひとがいました。

25才くらいの青年はいつも怒りを持った顔をしており、先生と話すときもけんか腰でひどく不快な印象を与えました。さらに夜になるとスリッパを引きずりながら廊下を歩き回るのです。それも毎晩のように20分も30分も。しかし、数週間後クスリが効いてくるにしたがって穏やかな顔に変わっていきました。最後は笑顔を湛えるまでになるのです。

30過ぎの喫煙コーナーにくる女性はいつ顔を合わせても不機嫌でした。本当にいつも怒っているのです。彼女の場合、うつ病がひどくクスリも効かない体質で電気治療を受けていました。うつ病の治療法のひとつで電気ショックでうつ病を治す方法なのです。かなり痛みを伴うようで電気治療ではなく、電気手術と言われていました。

また40才くらいのひとはバイクの事故で足を引きずり目は隻眼でもうひとつの目もかなり見づらい様子でした。自殺を試みて失敗して病院に来たのは2回目でした。生活保護も受けているそうで大変そうでした。クーラーの無い自宅に戻ってひとりでいるくらいならずっと入院していたいといっていました。

また、30才くらいの女性も友達になったのですが手の震えがひどくその治療のために来たそうです。彼女はまた幻覚がひどいようで東京タワーのしたで暴れているところを警察に保護されたこともあったそうです。とても恐い悪魔に襲われる幻覚を見るといっていました。

また、わたしがもっとも苦手なひとがいました。40過ぎだと思うのですが、いつもメモ帳をもっておりひとと話すとき、ご飯を食べるとき、いつでもメモ帳を離さないのです。他の入院患者の手帳の内容をメモしていたといううわさまででていました。わたしが苦手に思ったのは仕事の話をしてきたり、風貌、仕草が営業マンを連想させるのです。その時のわたしは会社を連想させるものすべてを恐れていました。背広姿の男性などもっともきらいでした。そんなことを思い出させる彼をとても嫌っており近づくことさえしたくありませんでした。

70歳過ぎの女性は相手が誰であろうと話し掛けるのです。しかもハイテンション、そのおしゃべりは決して途切れることを知らず、わたしのお見舞いに来た家内を捕獲すると見舞い時間を半分近く持っていってしまいました。それでも途切れないおしゃべりに腹を立てたわたしが無理やり引き離しました。

どのひとをとってもとても治らないだろうと思っていたのですがそんなことはなく、みんなわたしより先に退院して行ったのです。あんなひとたちが退院できるのに退院できないでいる自分はいったい何なんだろうと思いました。

同時にわたしなんかなんて恵まれているのだろうと思いました。彼らの病気に比べたらうつ病なんてたいしたことないじゃないか、ましてわたしのような仕事が原因のうつ病なんてと思いました。

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2008.06.02 Mon
神経科入院について
[精神病院] ブログ村キーワード
精神病院とはうつ病など精神病(統合失調症)ならびに薬物依存症・アルコール依存症患者の治療施設であり、ひとによっては入院すること自体が耐え難い惨めさを感じさせる。

わたしは総合病院の神経科に入院したことがあります。心療内科にしばらく通っていましたが良くなるどころかひどくなるばかりで精神状態も肉体ももう限界でした。不眠状態も一週間以上続いていましたし、その日は幻覚までみてしまう状況でした。

ここでいう幻覚症状とは、自分の担当したお客様が病気のわたしから購入したコンピュータシステムを返品したいというものなのです。わたしのような人間から購入するのは問題があるということになっただけでなく、それ自体が自分の中では犯罪になってしまい、週刊誌の記者が退去してわたしのマンションに押しかけてくるのです。

そして朝方になるとヒソヒソ声が聞こえてきてガラスに石を投げつけてきたのです。そのため、新聞を取りにいこうとした妻や学校に行こうとする長女に「行くな、行ったら大変なことになる」などと言い出したのでした。その後急に倒れてしまい、意識を失ったため救急車を呼んで入院することになりました。

入院した診察台の上でお客様にキャンセルされたことがテレビで放映されるなどという、今話していてもまるで辻褄が合わないことを考えていました。

かなりの落ち込み状態で言っていることもおかしいということで個室に入れられました。もう歩くこともままならない状態でパジャマに着替えたのですがそれさえもやっとの思いでした。寝るときは万一のことを考えてベッドにベルトで縛られ、興奮状態になっていたので注射器で睡眠剤を打ちました。

数日後相部屋に移されましたがベッドからでる気力もなく、別途脇の引き出しをテーブルにしてご飯を食べました。なんとか歩くことはできるように回復しましたが、少し離れた食堂にあるテレビの音が雑音にしか聞こえませんでした。

本当にもうなにもできないし、したくない気持ちでいっぱいでしたが5日目くらいから過去を悔やんでばかりいてもしょうがないという気持ちが生まれてきました。不思議なことに気力がわいてくるのです。

そして6日目に他の患者さんがいる食堂へ行き食事をとることにしました。神経科とはいってもそこはいわゆる精神病院です。つくづく落ちるところまで落ちたなーという気分でした。

もしかしたら落ちるところまで落ちたのが良かったのかもしれません。また、入院というのも良かったのかもしれません。今思えばこんな経験がなかったらいまだに近くの心療内科に通い、悶々とした気持ちですごしたかも知れないのです。


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